朽木 祥「彼岸花はきつねのかんざし」
![]() ―戦争の悲しみとは、あたりまえにあるやさしい時間が、とつぜん失われることかもしれない。という著者の思いがそのまま、一冊の本になったようです。 <結末を知ってもかまわない方だけ、続きをどうぞ・・・> 彼岸花はきつねのかんざし (学研の新・創作シリーズ) ![]() ピカドンを受けて昏倒したかの子が意識をとりもどしたとき、もうピカドンの日から一月以上が過ぎていて、コウさんもねえやも再会かなわぬ人になっていました。 それは確かにこの本の結末なのだけれど、味わうべきは往時の夢。往時のうつつ。おきつねさまのいる暮らし。 ひめじょおんの花のなかで、はためくこぎつねのしっぽ。 きつねと遊んで帰りが遅くなったとき、迎えに来てくれたねえやの、少し荒れた手。 すぐそこにあったはずの、二度と戻らぬものの手触り・・・・。 過去が少しずつ思い出に変わることを、平和と呼ぶのだと思います。 何月何日何時何分に突然、ここから先が現実でそれ以前のことは過去の思い出でしかないと、他者によって決められてしまうことの異常を思います。 スポンサーサイト
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