小川義男「子ども家畜論」
![]() すごいタイトルですが、“けだものである子どもを人にするのが親の仕事だ”といった、藤原正彦さんと同じ発想だと思います。
子ども家畜論
![]() かつて厚生労働省が厚生省であった時代に、「育児をしない男を父親とは呼ばない」というコピーの広告が新聞に登場したことがある。世の中にはさまざまな父親がいる。医師、刑事など公に尽くすことを使命とする職業の人の場合、とても育児のため家庭に長くとどまっていることなど許されないであろう。そのような職責のため、心ならずも育児を妻に依存しなければならない人間はいくらでもいる。その人々も、それぞれわが子を深く愛し、妻に感謝しつつ、家庭と社会のそれぞれの分野を分担するという形で、わが子の育成に深く貢献しているのである。というのを読むと、おいおいと言いたくなります。 南極越冬隊の隊員や遠洋漁業に出る人になら当てはまると思いますが・・・・。 たしかに、育児は大変な作業であるし、父親も全力を挙げてそれに協力すべきである。しかし、あくまでも育児の本来の担当者は母親でなくてはならない、と私は考えている。つまり、親の一方が公の仕事で社会を支え、もう一方が育児を担うのは可だが、母親が社会に出て父親が子を育成するのは不可だというのですね。 ううむ。嫌な男だ(笑) あなたが不可だと言っても私は稼ぎ続け、夫は子を育て続けます。 大体どうして「育児の本来の担当者」を定めなければいけない? スポック博士は「主たる保育者」に向けてスポック博士 親ってなんだろうを書いているけど、主たる保育者の性別を限定していませんよ。 男は「協力」すればいいので、育児の主体になるべきではないという本を人に薦めたくないのだけれど、残念ながら面白い本です。 『このとき、私なら半殺しにする』の章なんか、「ええ是非そうしてください。この少年を半殺しの目に合わさずに生き延びさせては、誰のためにもなりません!」と拳を握り締めて読みました。 スポンサーサイト
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水次祥子「これから結婚するつもりですが、何か?」
![]() よい結婚相手にめぐり合いたくて、よい結婚相手としか生活したくない、結婚に妥協しないポジティブ・バンコン(晩婚)の女たち。
これから結婚するつもりですが、何か?―ポジティブ・バンコンな女たち
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モンゴメリ「新月農園のエミリー」
![]() 可愛いエミリー (新潮文庫)の新訳。
新月農園のエミリー
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内田春菊「私たちは繁殖している (6)」
![]() こ、この過激な装丁は「図書館で借りるな。買って読め」といわんばかりですね。
私たちは繁殖している (6)
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内田春菊, よしもとばなな「女ですもの」
![]() 先日本屋で私たちは繁殖している 7 (7)を見かけたが、がっちりシュリンクされていて、帯にある「そういうわけで離婚しました」というのが、何番目の夫との離婚の話か分からずじまいでした。
そんなときこの本
女ですもの
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防災の日かプール仕舞いの日に
![]() 防災の日かプール仕舞いの日にでも、市民プールの水深を色いろに設定して、着衣着靴のまま水を漕ぐ訓練が出来たらいいと思います。
子どもは親と一緒の参加。かつ親子は必ず手をつないで移動するという参加ルールを設けた上で、水流のあるプールを使うのもいいかもしれません。水量や水の流れの強さを感じるため、手すりを使って歩いて見てから、ちょっとだけ手を離してみるとか。
もちろん投げ入れる浮き輪やロープを用意しておき、監視人をふんだんにつけて、です。
本当は親それぞれが子どもに危険回避のしかたを教えなければならないけれど、今じゃ親の世代が何が危険かどこまでが安全か分からなくなって来ています。いざ洪水だ出水だという災害時に、あたら若い(幼い)命を散らさぬための訓練をするのも防災の日の意義なんじゃないかと思いますが、いかがなもんでしょう。
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なぜ上着を脱いで飛び込むのか
![]() 昔見たテレビドラマでは、溺れている人を助けようとして若き主人公がシャツを脱ぎ捨てて川に飛び込み、鮮やかに抜き手を切っていました。
私は「どうしてシャツを脱ぐんだろう。やわらかいTシャツより、ごわごわのジーパンの方が、余程泳ぎの邪魔になるんじゃないか?」と思って見ていました。
あれは普段日に当たらない男の生白い足と脛毛を露出するより、筋骨隆とした逆三角形にひきしまった上半身を鑑賞していただいたほうが、主人公がかっこよく見えるからだったんだと、今にして思います。
そして、一般人である主人公が迷わず川に飛び込んで溺れている人を助けるシーンは、かなり罪作りなものだったと思います。
溺れている人は助かりたい一心で、助けに来た人にしがみつきます。それこそ命からがら、思い切りしがみつくでしょう。
そんな状態で、どんな人が自分と相手と二人の命を守れるか、水難救助の訓練を受けていない人にはまず無理だと思うのです。
テレビの影響を受けるともなく受けて、「義を見て為ざるは」という勢いで、上着だけ脱いで水に飛び込んだ人がいたら・・・と思うとぞっとします。
溺れている人を助けるには、驪119番に通報する。麗あればロープやものほし竿のようなもの、なければベルトや洋服を岸から差し出してつかまらせる。黎水に浮きそうなもの(ペットボトルでもカバンでもなんでも)を投げ込んでそれにつかまるよう声をかける、くらいしか私にはできません。
この夏息子に「膝より深い流れに入ってはいけない」と言い聞かせるのに力が入ります。
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プレジデント牧場
![]() 不動の大統領だった「ザ・プレジデント」ですが、新芽が伸び始めました。
そうです。いくらプレジデントでも、一年目で泰然とするのは早すぎます。遊説でもなんでもして、とっとと動いてもらわなければ。
蔓よどんどん伸びなさい。自由党の支持率のように、保守党の得票率のように(伸びてきた芽は2本だけなので左のを自由党、右を保守党と名付けました)どちらも複雑な曲線を描けるくらい伸びて欲しいものです。
ほくほくして伸び始めた芽を見ていると、鉢の回りにたくさん蟻がいるのに気付きました。まだ花もないザ・プレジデントを蟻が見に来るはずがなく、嫌な予感がします。
恐る恐るザ・プレジデントの葉裏を見れば、ああ、アブラムシが一杯。ザ・プレジデントは蟻んこのアブラムシ牧場だった?!
蟻んこが放牧したアブラムシを即、手で潰します。即すなわち速。 即!速!捉!息塞!!
政治家に寄生虫はつきものなのでしょうか?
いいえ、プレジデントにこそ清廉であってほしいです。
社会正義に燃えながら、世直しに燃える(アブラムシ退治に燃える)私です。
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小学校にプールができたから水の事故が増えた
![]() 昔『河童』だったらしいMGさんが、「水の事故が増えだしたのは、小学校にプールができてからです」と書いておられました。
私も息子もプールでの泳ぎしか知らないので、我がこととして読みました。
プールで泳げたからって、流れがなく水深一定で水底が平らなところで泳げるというだけ。足にからむ水草も、不規則に配置された大小の岩もなく、水温気温を足して45℃以上になるというお誂えらえの条件下で泳げるに過ぎません。
『泳げる条件』を度外視して「私は泳げる」と思っていると、大変な目にあうことになります。
海や川に向かう時は「自分はまったく泳げないわけではない」程度に認識して行ったほうがよいでしょう。
泳力を過信しないよう注意しようと思います。
学校の体育での水泳は、野球やテニスを教えるように水泳というスポーツを教えているので、自然の中で生き抜く力を育てているわけではないんですね。
事故から身を守る方法は親が教えなければなりません。
私はどこかで一度、息子に着衣泳の経験をさせたいと考えていますが、なかなか機会がありません。(うっかり着衣泳をさせると通報されちゃいます、子どもが溺れてるって。)
防災の日かなにかに、どこかの流れるプールで、着衣のまま流れを横切るとか遡上するとかいう訓練が出来るといいのですが・・・・。
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柳田邦男「人の痛みを感じる国家」
![]() 知恵遅れの度合いをはかるテストで、試験管が子どもに質問したそうです。
「お父さんは男です。お母さんは?」
子どもは答えました。
「お母さんは大好きです」。
人の痛みを感じる国家
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梅雨晴間
![]() 梅雨晴間をちこちに鳴る花鋏
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会った
![]() あったあったと小躍りしたくなる俳句に出会いました。
ゐたゐたゐたきのふみつけたかたつむり 細谷喨々「ゐた」を三度畳みかけたくなる、強い喜び。 生き物が一日生き延びたことへの感動が、容易に止まない強さだったのだと思います。 「ゐたゐたゐた」に勢いがある分、「きのふみつけた」にゆったりした気分が感じられ、「かたつむり」のおさまりのよさといったら、かたつむりの「り」は切れ字なんだなあと思うくらいです。 昨日も今日も生きている。その不思議、有り難さ。 再会は、奇跡なのかもしれません。 |
直木賞は松井今朝子さん
![]() 直木賞は松井今朝子さん。
うーん。そう来たか。
自分にとっては穴でした。明日発注してもらわなけりゃ。
候補七作のうち「吉原手引草」と「玻璃の天」以外は所蔵しているか既に発注済だったので、これはちょっと『参った』結果です。
芥川賞は候補作全てが単行本化されていないから気が楽。受賞作「アサッテの人」所載の群像6月号なら、雑誌架にあり安心です。
こちらの単行本化は早くて8月末というところでしょうか。発売日に手(館)に入れたいものだと思います。
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穂高二番花
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細谷亮太「医者が泣くということ」
![]() 著者は聖路加病院副医院長(専門は小児科)で俳人。
涙の枯れていないこんな医師が、後進を育ててくれているのは頼もしいうれしいことです。
医者が泣くということ
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後藤田ゆ花「愛でしか作ってません」
![]() 近過去の出版社倒産劇をモデルにした小説。フィクションなんだけど、とーってもリアルで面白いです。
愛でしか作ってません
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青柳いづみこ「ピアニストは指先で考える」
![]() ピアニストとピアニストになりたい人を育てている人と調律士さんと「のだめカンタービレ」ファンの人にお薦めします。
ピアニストは指先で考える
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尾藤誠司「医師アタマ」
![]() 表題紙裏に奥付が来るという常識破りの本。
既成の、医師と患者の間の壁を、ぶち壊してくれるでしょうか?
医師アタマ 医師と患者はなぜすれ違うのか?
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三浦しをん「きみはポラリス」
![]() ポラリスがなんのことか最後までわからなかったけれど、猫の恋愛には感情移入できなかったけれど、読み終わったあとは本を小脇にどこまでーも歩いてみたくなるのでした。
きみはポラリス
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米原万里「終生ヒトのオスは飼わず」
![]() 飼い猫に無理と道理という名前をつけた時点で、さすが万里さんだと思います。
終生ヒトのオスは飼わず
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藤田雅矢「まいにち植物」
![]() 西のターシャ(・テューダー)東の藤田(雅矢)。
このお二人は私にとって「真似する気も起こらない」クラスの、夢の園芸家です。
まいにち植物―ひみつの植物愛好家の一年
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寂れる町
![]() どんな将来があると云ふのか凌霄花
紫陽花の首掻き切って泣けばよい
責めるがに梔子の香の止まれり
廃業せし店頭に立つ葵かな
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清水義範「独断流「読書」必勝法」
![]() 読んだことのある本も、読んだことのない本も紹介されていましたが
独断流「読書」必勝法
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黛まどか「知っておきたい「この一句」」
![]() 今読むとやっぱり夏の句が身に沁みます。
知っておきたい「この一句」
![]() 一生の楽しきころのソーダ水 富安風生です。 ソーダ水にあるのは涼しさと楽しさだけで、栄養は期待されていません。それが「こども時代」のイメージとぴったりです。 それをを飲んでいるときの子どもは、役に立つことなど期待されず、遊ぶことが仕事だったのでした。 ソーダ水を飲む子を見ると、誰かに守られて何にも脅かされず、何かを楽しめた子ども時代が鮮明に蘇るのだと思います。 身を裂いて咲く朝顔のありにけり 能村登四郎眼前にある朝顔は、立田咲きか桔梗咲きか。身を裂いて咲く咲き方に迷いも逡巡もない花の佇まい。 そこにある潔さのようなものを受け止める、驚きと感嘆の「ありにけり」だと思います。 |
ミラー「ジョンベネ殺し」
![]() ジョンベネ殺しは母親のパッツィがやったという前提で話が進みます。
ジョンベネ殺し―美少女殺害事件の深い闇
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クレマチス・マニア?
![]() このセンテンスをどなたがものしていたのか分からなくなってしまって申し訳ないのですが・・・・
マニアとは我慢を知らない人のことと書いた方がありました。 ドッキリしました。 私が購入して持っているクレマチス本は1冊だけですが、借りている本は現在4冊。 中でもクレマチスのすべて―系統別215品種・栽培法・入手法に挟み込まれた付箋紙の数は夥しいものになっています。 現在持っているクレマチスの鉢は7鉢だけど、パソコンのデスクトップ上に保存した購入計画表には3年先までの計画がギッチリと・・・・。 「計画よ。計画。計画することが楽しいの」 と、自分に向かって大声で呼びかけていますが。 「自分にご褒美」とか「景気づけ」とかの悪魔のささやきに耳を貸したら最後だと思います。 私が暴走しないように、沈思黙考の見本を見せているのでしょうか、ウィル・グッドウィン。 いくら計画してもそのとおりには行かないと、警告しているのでしょう、ブルーエンジェル。植えてから何の動きもありません。 生きる意志はあるけれど咲く意思はない、枯れないだけのザ・プレジデント。剪定以来、断固として動かない。大統領は初心者向け強健種のはずなのに、誰にも向かず振り向かず、天上天下唯我独尊わが道を行く? この子たちが、目下最強最大の私の箍(タガ)です。 この子たちがこぞって咲いたなら、次の注文書を書こうと思います。 箍が外れるのが、楽しみなような恐いような。 (狙っているのはフラウ・ミキコ、白王冠、アメシスト、フレデリックショパン。あわよくばケン・ドンソンとゴルノエ・オゼロも) クレマチスマニアって、注文してから置き場所を考える人だと、私は思います。 自分は・・・髪一重です。 |
朽木祥「たそかれ」
![]() 先行作品の「かはたれ」と違って、子どもが自分で読めるようになってから、本人に読んでもらいたい物語です。
たそかれ 不知の物語
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朽木祥「かはたれ」
![]() 小学生以下の子どもに、読んであげたい物語。
文字や成句に四苦八苦しながら読むのではなく、物語の内容をその心に直に届けてあげたいと思うからです。
かはたれ―散在ガ池の河童猫
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授業参観(3)不適切な表現の問題
![]() 授業参観の後にクラス懇談会があります。
先生と、親とで子どもたちの様子を話し合う、といっても7割が先生からの報告です。
問題は残りの3割。親子レクについての相談は学級役員が中心で話し合いで、先生はあくまでオブザーバーになります。
さっきまで「です」「ます」で進んでいた会が突然「・・・だよ」「なにそれ」「・・・じゃないの」「ヤッダー」という調子になってビックリ。
いかにも物慣れた様子のPTA役員経験者の間で弾む会話。
始めは『なんだか話しに入りにくいな』というだけでしたが
「そんなの手が足りなかったら先生に頼めば?」
「校長にやらせればいいのよ、ヒマなんだから」
という科白が飛び出すに及んで、その席にいるのが辛くなってきました。
同席した先生がどんな顔をしていいか困っており、私は恥ずかしく、居たたまれない気持ち。
学校の役員も子ども会の役員も(きっと他の地域の役員も)嫌がらずに何度もやってくれて、責任感も責任能力もある幾人かの人たち。
立派だし、ありがたいと思います。
だけど私は、同席するのが辛いと思ってしまった・・・・。
あそこで何が言えたろう。どう言えば、「不適切な表現」に対応できただろうと考え続けていますが、答が出ません。次回のクラス懇談会出席は夫に頼もうと思います。
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授業参観(2)センスの問題
![]() 授業参観に行って気になったのが、お母さんたちが使っている扇子です。
さすがに団扇を使う人はいませんでしたが。
実のところ始めのうちは自分が何に「落ち着かない気持ち」を感じているのか分かりませんでした。
今までにもよくある光景だったし。
それが気になりだしたら気になって仕方がありません。
先生または子どもが、団扇や下敷きや扇子を使って仰ぎながら授業に参加しているならいざ知らず、参観者だけが扇子を使うことの、違和感。
授業参観は「見せていただく」ほどのものではないにしろ「見てやっている」ものではないはず。
参観態度は授業態度に準じるくらいがいいのでは?と思った次第です。
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